ヒルズ 第1話 「何よ?男からお金をもらえない資本主義社会の負け犬が」

 

アイフォンのLINEにメッセージとスタンプが届く。

 

野島さんからだ。ほかの男ならちょっと気取って半日とか三日とか平気で既読つけなかったりするのに、彼の場合は計算なんかしてられない。すぐに開いてすぐに返信する。忙しい人だから。今週の金曜日。六本木ヒルズのパーティーに誘われた。

 

別にリッチな社長を恋人にできるとか本気で考えていないけれど、誘われると断れずについ六本木ヒルズへ行ってしまう。軽い女ではないし、付き合った人としかこれまでしたことはない。それでもいちおうは勝負下着を着けていく、一応は。ピーチ・ジョンで買ったお気に入りのやつ。

 

JRから日比谷線に乗り換える。六本木駅で降りる。アイフォンに入れた地図を見ながらしばらく歩いて、ヒルズ・レジデンスの入り口に到着する。わかりにくい場所にある。門番に会釈して、インターホンを押す。なかなか野島さんの部屋にたどり着くことができない。私の家にもオートロックは付いているけれど、ここまで厳重ではない。まるでお城だな、とここに来るたび私は思う。お金持ちは現代の王子様なんだ。私は、さしずめシンデレラ。

 

ヒルズ・レジデンスのエントランスには大きな絵が飾られている。どこの国の誰が描いたものかはわからないけれど、それが高価なものであることくらいは私にもわかる。通路を歩いてるとよく芸能人とすれ違ったりもする。私はエレベーターに乗って38階を押す。エレベーターの中にはスクリーンがついてていつも為替と株の情報が表示されている。私の池袋のマンションのエレベーター内には部屋でペットを飼わないでくださいって張り紙しか貼ってない。

 

部屋の玄関にはすでに靴がたくさん置かれている。高そうな革靴は社長たち。スニーカーは女の子を集める幹事の大学生。そしてヒールは女の子。私は黒いロングブーツを脱いで、エルメスの赤いヒールの脇にそっと置く。みんな、いい戦いをしようね、と宣戦布告をして。

 

部屋にはすでにたくさんの人がいる。女の子は若くて20~22歳くらいまで。たぶん18歳の私は一番若い。男性の年齢はバラバラだけど誰もが高そうでシックなハイブランドの服を着ている。彼らは長いテーブルを囲むように座り、酒を飲んで談笑している。薄暗い部屋をおしゃれなライトが小さく照らしている。ステレオデッキからZEDDの”Crarity”が流れてる。遠くに東京の街が一望できる。東京タワーも見える。上京した日にあそこに登ったことを思い出す。変な人形のキーホルダーを買った。それをスマホにつけてたら当時の彼氏に田舎者っぽいって笑われたからすぐに捨てたけれど。

 

「さやぴ」

私は振り返る。長身でガリガリの男が立っている。今夜のパーティーの主催者、野島さんだ。

さやぴっていうのは私のアダ名。ほんとはさやかっていう。

「あ、野島さん。お久しぶりです」

「元気?」

「はい。あ、今日は私ひとりです。ごめんなさい、前に言ってた子が急に来れなくなって」

「ああ、ぜんぜんいいよ」野島さんは右手に持ったグラスの中の赤い液体を、一度に飲み干す。「楽しんで行って」

「はいっ。あ、今日誘ってくれてありがとうございます」

野島さんは振り返らずにグラスを天井に掲げて、リビングへ戻る。

 

一見、野島さんはお金持ちには見えない。全身ユニクロで統一していて、はじめて会った人は彼をただのフリーターニートにしか思わない。でも実際彼はこの部屋の住人で、35歳にして年収五億円を稼ぐ若手インターネット起業家だ。

 

私は前のパーティーで野島さんから聞いた話を思い出す。

 

「さやぴ、この部屋で一番のお金持ちは誰だと思う?」

「え、わかんない。あの人ですか?」

「なぜ?」

「一番高そうな服を着ているから」

「じゃあ一番貧乏そうなのは?」

「んー、あの人かな。私あの服見たことあるから。ユニクロだもの。弟が着てたのと全く同じやつ」

「おしい。残念」

「えー?」

「答えは、逆だ。あの高級スーツの彼はテレビ局の社員で年収はたかだか二千万円。ユニクロの彼は年収2億円。資産三十億円のビジネスオーナー兼投資家だ。アジアに不動産をいくつも持っている。たとえばマニラのマカティにコンドミニアム、それから香港とシンガポールにもね。さらにマカオ、香港、シンガポール、そしてセーシェルに会社も保有している」

私は口を両手で覆った。

「あの…何で海外にそんなに?」

「日本は富裕層に厳しいからだよ。それら地域はタックスヘイブン租税回避地)っていって、日本より税金が安いんだ」

「よく、わかりません…」

「さやぴ、覚えておくといい」野島さんは言った。「小金持ちは自分を大きく見せようとし、金持ちは自分がお金持ちであることを隠したがるものだ」

 

私は野島さんにひそかに好意を寄せている。別に顔がかっこいいわけじゃないけれど、まずお金持ちであること、それは資本主義社会で生き抜く男性の強さを感じさせる。彼のひょろひょろで痩せ過ぎの背中ですら、すごくかっこよく見える。もし彼が事業に失敗して一文無しになっても、私は変わらず彼を愛することができる。今日、友達が呼べなかったというのは実はうそで、野島さんに自分の女友達を紹介したくないだけだ。彼を狙う競争相手はほかにもたくさんいる。これ以上ライバルを増やしたくはない。だけど彼は私に振り向く気配はない。きっと、私なんて田舎から出てきた、ただの静岡の小娘としか思われていない。

 

リビングには人がたくさんで、座れる場所が見つからない。知らない人がたくさんいて、私は少し緊張している。部屋に嫌いな社長を発見する。佐藤だ。彼はこないだ酔っ払って、突然私の胸を握りしめた。酒癖の悪い男で、今夜も女の子にしつこく絡んでいる。見つかると面倒だ。私はキッチンに逃げ込む。

 

冷蔵庫の前に若い男が立っている。今夜のパーティーの女の子を集めた、中原くんだ。彼は早稲田の政治経済学部に通う大学生で、女の子を集めては野島さんに紹介し、たまにこうやってパーティーを開いて日銭を稼いでいる。イギリスと日本のハーフだ。ハンサムで人当たりがよく、彼に誘われた女の子は安心してホイホイついていく。

「よっ」中原くんは手をあげる。

「よっ」私も真似する。

「何か飲む?」

「うん」

「前、吐いてたよな?」

「うん。もうこりごりだよ。だから、軽いやつがいい」

「オッケー、ウォッカね」

「うん、ストレートでね」

中原くんは冷蔵庫を開けてピーチフィズの缶を取り、私に投げ渡す。私はプルタブを開けて一口飲む。甘い。18歳になったばかりの私に飲めるのはこの程度だ。

「見つかりそ?新しい彼氏」

「わかんない。みんなあんまり相手にしてくんないし。わたしまだ子供だからさ」

「今、専門学生だっけ?」

「違う、まだ高校三年の年齢だよ。ガッコはやめちゃったからさ」

「やべーな。未成年かよ。お前、警察とかに絶対言うなよ」

「いわないよ。だからいい人紹介して?」

「んー、山田社長とかどう?」

「あの人、優しいけど、ネクラだからなあ」

「言ってやろ」

「やめてよ」

「席空いた。あそこ座れば?」

「うん」

私は缶を両手に持ったまま地べたに座る。

 

隣にあやみが座っていることに気づく。

「あれー?」あやみは言う。「さやかじゃん、元気?」

あー、めんどくさいことになった。

 

あやみはフェリスに通っているお嬢様で、なぜこんな「レベルの低い(あやみ談)」飲み会にいるのか私にはわからない。あやみは前に「私は年収一億以上の社長パーティーにしか行かない」と豪語していたからだ。さらに「六本木ヒルズなんかよりもミッドタウンのパーティーのほうがレベルが高い」とも言っていた。そっちは芸能人だらけだって。金持ちを「食い散らかしている」という表現がぴったりの女だった。金持ちを食べたあと片付けずに散らかしたまま、また別の金持ちを食べる。そういう女だ。

 

あやみは雑誌の読者モデルをやっている。女子大生ブログランキングでも全国上位にいる。あやみの父親は熊本で大きな病院を経営する資産家だ。彼女は何不自由なく育った。今は「たくさんのスポンサー(あやみ談)」を抱えて横浜の家賃三十万の家にチワワと住んでいる。私とは違う世界を生きている。私の父親は大工だ。私は高校を中退して静岡から上京してきて、今はキャバクラで働いている。あやみはフェリスのお嬢様。

 

そしてなにより彼女は、美しかった。スナイデルの服も彼女が着こなすとシャネルのドレスのように見えた。スポイルされたあやみが、経済的に恵まれているあやみが、美しいあやみが、ステータスの高い男を自在に侍らせるあやみが、大嫌いだけど大好きだけど大嫌いだった。

 

「ひさしぶりじゃん、さやか。元気してた?」

甲高い声。可愛くて、大嫌いで、大好きな声。

「元気だよ」私は指で耳を塞ぎたい衝動をぐっと堪える。「なんで来てるの?小森さんと付き合うって言ってたのに。どうなったの?」

「あー、小森?あれ、もう終わった」

「早いよ。知り合ったの二週間前とかでしょ?」

私は一度男性と付き合うと長い。スマホだって愛着が湧いてなかなか買い換えずに使い続ける。あやみは新しいアイフォンが出ればすぐに買い換えて古いのは捨てる。

「だってさ、小森さ、セックス下手なんだもん。シャネル買ってくれたし、もう用なし」

私はあやみを軽蔑しながらも、内心では羨ましいと思っている。上京した女の子として、彼女を東京での成功のロールモデルにもしている。私も彼女みたいに、お金持ちで社会的地位の高い男性をたくさんはべらせてみたい。だけどどうしても悪い女になりきれない。さみしくなると静岡と富士市と富士山のことを思い出してしまう。

 

パーティーは午後8時に始まって、だいたい11時くらいに終わる。それを過ぎると、1:社長と消えていく女の子、2:終電前で帰る女の子、3:まだ部屋に居座る女の子、の3タイプに別れる。池袋は別にタクシーで帰れる距離だし、特に困ることはない。ただ「3:終電をなくした女」という事実をここの人々に知られることは、あまりよくない。オオカミたちのターゲットにされるからだ。

 

「ねえ、さやぴ」あやみは言う。「今日はまだ帰らないの?」

時計はすでに午後10時50分を指している。

「あやみは?」

「私はいるよ。だって今日は楽しい二次会があるもの」

「二次会ってエーライフでしょ?あたし二度と行かないよ」

前に行ったら、VIPルームに連れて行かれてなんとか連合の幹部に輪姦されかけたからだ。私は泣き叫んで逃げた。

「んーん。違うよ。エーライフじゃない。二次会は、このマンションの中だよー。ヒルズの中。同じ階。別の部屋だよー」

「そうなんだ。でも私、そろそろ帰るね」

「もうちょっといようよ」

「やだよ」

「つまんない。ブス」

「は?」

一瞬耳を疑った。

「どういう意味?今、ブスって言った?」

「ブスにブスって言ったらダメ?」

全身の血液が頭に上っていく。アルコールのせいもあるかもしれない。でも何も言い返せない。あやみにブスって言われたら誰も反論できない、アインシュタインにバカって言われるみたいに。「ねえ、何でそんなこといきなり言うの?」

「だってつまんない女だから。今日だってさ、だーれも、さやぴに番号聞かなかったじゃん。あたし番号聴かれまくってさ、ぜーんぶ拒否ってるのに」

「だってあたしずっとあなたと喋ってたし、それに…」

「あ、わかった。さやぴの服が安物だからだ」

じゅくじゅく化膿した傷口に塩をすり込まれているような気分がする。私は苛立ち紛れにテーブルの上のワイングラスをつかんで、中に入ってた液体を一気に飲み干す。ワインだかウイスキーだか、もはやどうでもいい。頭がクラクラする。前に六本木のクラブで韓国人の男の子にソジュっていう焼酎を飲まされたときと同じクラクラ。やばい、吐きそう。

「あのさ、あやみ?あたしは、あんたみたいな、ビッチじゃないんだ」

気がつくと、あやみが私の顔を覗きこんでいる。ほとんど額がひっつくくらいの距離で。

「ちょっと、近いよ。何?」

「かわいい」

「は?何いってるの、あや」

次の瞬間、あやみは私の唇を塞ぐ。柔らかい感触。私は驚いてあやみの肩を突き飛ばす。

「何するの?マジでやめて。何?」手の甲で唇を拭う。

「ジョーダンだよ。おもしろーい」

「やめてよ、ヘンタイなの?」

「ねえ。さやか、あなた、すごくかわいい顔してる。素材はいいんだよ。でも、服装で損してる。自分の殻を破らなきゃ。もっと人生を楽しまなきゃ。お金ないんだったら、男を利用しないと。ねえ、さやかってさ、ここで知り合った社長さんに、すぐにエッチさせてる?」

「は?」

「答えて?」

「させるわけないじゃん」

「やっぱり。だからダメなんだ。あのね、お金持ちにはエッチすぐにやらせなきゃダメだよ。中出しでも何でも。金持ちの男はさ、いくらでも女がいるんだから、とびきりいいセックスさせないと、すぐに取られちゃうよ。向こうも体しか見てないんだから、こっちはお金だけ見てればいい。銀行口座みたいに、お金引き出さないとダメだよ。ねえ、今度あなたに、私が持ってるシャネルのワンピースあげる。40万円の安物だけどさ。だから、今着てるそんなダサいの捨ててさ。それなに?まさかルミネで買ったやつ?ねえ、もっと楽しもうよ。エッチとお金で、人生もっと楽しまないと」

私はそれをただ黙って聞いている。何も反論することができない。なぜなら、それは私の脳内でいつも悪魔が囁くせりふと同じだったから。資本主義という悪魔が囁くせりふ。

「ね、だから、二次会行こ?このあと」

「ちょっと、やめて、離してよ」

「変わろうよ。ね?あたし、あなたみたいな汚れてない子大好き。17?18歳だっけ?かわいー」

あやみは嫌がる私の手を引っ張って二次会の部屋に連れて行く。

 

同じヒルズレジデンスの38階の部屋が二次会の会場だった。

扉を開けた瞬間、嗅いだことのない匂いがした。バナナみたいに甘い。甘くて香ばしい。なんだか変わった匂い。でも、煙草の匂いじゃない。パパや元カレが吸ってた煙草の匂いとは違う。なんだか優しい匂い。

「ねえ、これ、何の匂い?煙たいよ」

マリファナ

「え?」

「おいでよ」

「え、ちょっと待ってよ。ねえ、前に芸能人の誰かがさ、ドラッグパーティーやって捕まったのって確かヒルズだよね」

「あー、あれ?この隣の部屋だよ。ウケるでしょ、コカインで死んだやつでしょ?あたしあの女の人知り合いだよ」

「ふざけないで。私帰る」

「だーめ」

あやみは抵抗する私をリビングに連れて行く。薄暗い部屋に紫煙が立ち上っている。部屋には男が2人、女が3人いる。私が驚いたのは、彼らがみんな裸で、乱交していたことだ。ソファーで、ベッドで、床で。男も女もはあはあ言って、腰を振っている。まるでアダルトビデオの撮影現場みたいだ。

あまりの光景に私は両手で口を塞ぐ。これ以上、麻薬の煙を吸わないためにも。

「座りましょ」

「やだ!あたし帰る!いいかげんにしてよ!」

「ブス」

「は?」

「ブスで田舎者で臆病で貧乏人!ブスだからマリファナのひとつも吸えないんでしょ」

「は?は?はぁ?何なのあんたマジで?」

私のタレ目メイクが、たぶん今すごいつり目に変わってると思う。

窓際に中原くんが立っているのに気づく。

「中原くん!」

彼は私に気づいて、すごく驚く、まるで母親に自慰行為を見つかった剣道部の中学生男子みたいな顔で。

「何してんだよ、さやぴ?何でここにいんだよ?おい、あやみ、お前が連れてきたのか?」

「あのねー、さやか知ってる?中原くんはねー、プッシャーでねー、こんなイギリスのハーフでカワイイ顔しててね、実はドラッグの売人もやってんの。ねー、前に野島さんにダマされてね、オレオレ詐欺と、変なマルチの投資会社の代表取締役にされてねー。借金抱えちゃってねー。だから、ドラッグの売人が裏の顔ってわけ」

「へ?売人?野島さんにダマされた?そうなの?中原くん」

彼は答えない。

「おまけにゲイ!」

中原くんは黙ってる。

「ねえ、中原くん。あたし、帰りたい」

「当然だ。帰ろう」

中原くんは私を玄関に連れて行こうとする。

「さやぴ、帰っちゃうの?やっぱりブスな田舎者の貧乏人なんだー。じゃ、一生死ぬまで、永遠に、池袋西口でセクキャバやってりゃいーじゃんね」

あやみの言葉が私の足を止める。「てめー、なんつった?」

「なんか間違ってる?池袋西口のセクキャバ嬢でしょ?」

「セクキャバじゃねーよ、普通のキャバだよ、テメー。しかも池袋じゃねえよ、銀座だよ」

「いずれそーなるよ。池袋か新橋のヘルスかソープに沈むよ。だってブスで学歴ないもん」

私はあやみの顔を睨みつける。彼女は大きな目をぱちぱちさせている。「何よ?男からお金をもらえない資本主義社会の負け犬が」

私が平手打ちをしようとしたとき、玄関が開く。野島さんだ。隣にケバい化粧をした女を連れている。私はこの女を知っている。けっこう有名な単体AV女優だ。

「あれ」

「野島さん」

「参ったな。さやぴ。なんでここにいんの」

「ごめんなさい。私、何も知らなくて」

「おい」野島さんは言う。「中原くん、どうなってるんだよ、これ?」

「すいません。なんかフェリスのバカ女が連れてきたみたいで」

「あのビッチか?」

「はい」

「しょうがないやつだな」

「あの野島さん。私、言いません!黙ってますから!」

「さやぴ、頼むよ」

「はい、もちろん、あ、はい、え?もちろん。はい。もちろん。はい絶対言いません。はい。絶対に。え?はい。言いません。この部屋がドラッグ部屋だとかそういうこと、言いません。え?え?え?はい。うん、言わない。うん。うさぎ。うさぎちゃん」

「さやぴ?どうした、大丈夫?」

「え?なんだか、あの、はい、え?はい。あ、え?うん。大丈夫。え?シマウマ?うさぎ?」

何言ってるんだろ私。頭がクラクラする。

「さやぴ、ハイになっちゃった!」あやみがケラケラ笑う。その声が残響して聴こえる、まるで冬の寒い日の夜にお風呂の中で彼氏と終わりのない長電話してるときみたいに。

「いーじゃん、もう、来なよ!さやぴ。一緒に楽しもうよ!」

あやみが私の手を握る。

「あっ」

私は声を出す。皮膚感覚がすごく敏感になっている。

「何その声?かわいー。えいえい」

あやみが私の中指をやさしく握って、ペニスをこするみたいな動作をする。

「あっ、あっ、やめ…」

「こう?」

あやみは私の手をやさしく握り、中指の第二関節まで口に含み、フェラチオの真似事をする。

「やめ…てよ…マジ…で」

すぐにわかる。今、私、あそこがぐちょぐちょになっている。やばい、パンツがやばい。ピーチジョンの、お気に入りなのに。

あやみは私をむりやりリビングへ連れ戻して、テーブルの前に座らせる。私はもはや何も抗うことができない。ただ地べたに座ってテーブルの上で揺らめく赤いキャンドルの火を見つめているだけだ。

時間がいつもよりゆっくりと流れていく。

「おい、中原」野島さんが言う。「他の男達に言え。今夜、さやぴには一切手を出すな。俺の命令だ。わかったな?」

「はい」

「アレを並べろ」

「はい」

 

夜が始まろうとしている。

 

(続く)